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浦和地方裁判所 平成2年(わ)539号 決定

主文

1  被告人甲の司法警察員に対する平成二年六月一五日付け、同月一八日付け、同月二二日付け、及び同月二九日付け各供述書(証拠等関係カード乙一号ないし四号)の別紙各弁護人不同意部分を、いずれも同被告人に対する関係で証拠として取り調べる。

2  被告人甲の司法警察員に対する平成二年六月三〇日付け供述調書(証拠等関係カード乙五号)及び検察官に対する供述調書(同七号)の別紙各弁護人不同意部分に関する検察官の証拠調べ請求をいずれも却下する。

3  被告人乙の司法警察員に対する平成二年六月一五日付け供述調書(証拠等関係カード乙一一号)を同被告人に対する関係で証拠として取調べる。

4  被告人乙の司法警察員に対するその余の供述調書四通(証拠等関係カード乙一二号ないし一五号)及び検察官に対する供述調書三通(同一六号ないし一八号)に関する検察官の証拠調べ請求をいずれも却下する。

理由

第一  検察官及び弁護人の各主張の概要

一  第一回公判期日において、検察官から証拠として申請された被告人甲の司法警察員に対する供述調書六通のうち五通(乙一号ないし五号)(以下、「甲員面五通」といい、日付で特定する場合には、平成二年の表示を省略した上、「甲6.15員面」のように表示する。)及び検察官に対する供述調書(乙七号)(以下、「甲検面」という。)に対しては、被告人甲の弁護人髙野隆(以下、「髙野弁護人」という。)及び被告人乙の弁護人海老原夕美(以下、「海老原弁護人」という。)が、いずれも、別紙記載の部分につき、その任意性を争う趣旨で不同意の意見を述べており、また、同じく第一回公判期日に検察官から証拠として申請された被告人乙の司法警察員に対する供述調書五通(乙一一号ないし一五号)(以下、「乙員面」といい、日付で特定する場合の表示は、甲員面の例による。)及び検察官に対する供述調書三通(乙一六号ないし一八号)(以下、「乙検面三通」といい、日付で特定する場合の表示は、員面の例による。)については、髙野、海老原両弁護人が、その任意性を全面的に争って不同意の意見を述べている。

二  他方、検察官は、平成三年八月一九日、公判期日外おいて、近藤7.2検面を被告人甲の関係で刑訴法三二一条一項二号後段所定の書面として申請したが、これに対しては、髙野、海老原両弁護人及び被告人甲の相弁護人岡村茂樹が任意性、特信性を争うほか、多岐にわたる主張を展開して取調べに異議を述べている。

三  各員面、検面の任意性の存否をめぐる検察官及び各弁護人の各主張は、(1)検察官Kの平成三年八月一九日付け意見書、(2)髙野弁護人の平成三年二月二六日付け「検察官請求証拠(乙)についての意見(不同意の理由)」と題する書面並びに(3)海老原弁護人の平成三年三月一一日付けの同一題名の書面及び平成三年一〇月二一日付け「検察官請求証拠(乙)についての意見の補充書」と題する書面(以下、「10.21海老原意見書」という。)に、それぞれ詳細に展開されているが、弁護人らの主張の要点は、被告人両名の各供述調書は、(1)違法な身柄拘束状態を利用して作成されたもので、証拠としての許容性がなく、(2)また、著しく違法な取調べ方法によって作成されたもので、任意の供述を録取したものではない、というものであり、検察官の意見は、これに詳細な反論を加えるものである。

第二  当裁判所の判断

一  被告人両名の身柄拘束の状況及び公訴提起に至る経緯

関係証拠によると、被告人両名が本件につき身柄を拘束された状況は、概ね、次のとおりであったと認められ、この点については、以下の認定と抵触する証拠は存在しない。

1  本件の被害当日である平成二年五月一五日(以下、平成二年は省略する。)、被害者A(以下、「被害者」という。)から強姦致傷の被害申告を受けた埼玉県警察浦和警察署(以下、「浦和署」という。)は、直ちに捜査を開始し、その三日後の五月一八日には、正式に告訴を受理するとともに同女の供述調書を作成し、約一月間にわたり、わいせつ目的拐取・監禁・強姦致傷・強盗被疑事件として犯人の割り出しを急いだ結果、その犯人として本件被告人甲(以下、単に「甲」ともいう。)及び同乙(以下、単に「乙」ともいう。)の両名を突き止め、六月一四日、浦和簡易裁判所裁判官に対し、両名に対する逮捕状を請求し、同日、その発付を得た。

2  浦和署の警察官らは、翌一五日午前七時三〇分ころ、右逮捕状を携えて乙方居宅前路上に赴き、同居宅内にいた乙及びそのころ同人を車で迎えにきた甲の両名に対し、「『庄や』の件だ。」「いいから来い。」(以上、甲に対し)、「警察だ。」「甲も一緒だ。」「一寸来てくれ。」(以上、乙に対し)などと申し向け、有無を言わさない態度で同人らを警察車両で浦和署に連行した。

3  その際、警察官らは、両名に対する逮捕状を携行していたが、右連行の過程では、これを両名に示したり、被疑事実を明確に告げたりはしておらず、両名が右の告知を受けたのは、同署に到着して正式な逮捕状執行の手続がとられた直後の同日午前八時ころであった。

4  両名に対しては、その後、引き続いて各数時間の取調べが行われ、翌一六日には、検察官による弁解録取及び裁判官による勾留質問の各手続を経て、いずれも、代用監獄である浦和署留置場を勾留場所とする勾留状が発せられ、同月二五日、一〇日間の勾留期間延長の裁判もされた結果、両名は、引き続き同年七月五日まで同署に勾留され、同日、甲に対しては、強姦致傷、窃盗罪により公訴が提起された。他方、少年である乙は、同日、浦和家庭裁判所へ送致され、同月二五日付けでされた同家庭裁判所裁判官のいわゆる逆送決定を経て、八月三日、甲と同一の罪名で起訴された。

二  被告人甲に対する取調べ状況と各供述調書の作成経過

1  取り調べた留置人出入れ簿のほか、各取調官及び被告人両名の各供述、更には検察官の釈明等に基づき、浦和署警察官H(以下、「H刑事」又は「H」という。)及び浦和地方検察庁検察官K検事(以下、「K検事」又は「K」という。)が甲を取り調べた時間、内容と作成された供述調書との関係を指摘すると、次のとおりである(なお、取調べ時間は、原則として、出房から入房までの時間を記載し、かつ、昼食事間等を除外していないので、厳密には、これより若干短いと考えられる。この点は、のちに認定する乙の場合も、同様である。)。

六月一五日

取調官

取調時間

取調内容

調書作成

H

五時間

五〇分

身上、事件の経過全般

あり

15丁

一六日

Y

弁解録取

一八日

H

四時間

三〇分

事件当日、乙と会い「庄や」を

出るまでの状況

10丁

一九日

二時間

二九分

「庄や」を出てから

ホテルに入るまで

なし

二一日

三時間

一二分

不明

二二日

K

三時間

一二分

事実経過全般

H

三時間

四五分

・テレホンカードの窃取について

・ホテルに向かう車内での出来事

あり

5丁

なし

二三日

三時間

五八分

車内での出来事

二六日

二時間

五八分

不明

二九日

三時間

四二分

「庄や」を出てソアラに

乗り換えるまでの状況

あり

9丁

三〇日

九時間

四分

ホテルに向かう車内の状況、ホテル内での

犯行状況等ホテルを出て帰宅するまで

26丁

七月二日

三時間

四分

浦和市内引当り

2丁

三日

K

約五時間

三〇分

全般

31丁

五日

H

四時間

六分

不明

なし

2  他方、同人に対しては、六月一八日、弁護士髙野隆が弁護人として選任され、同弁護人は、同日、二二日、二五日及び七月四日の計四回、浦和署において同人と接見し、同人から事実関係及び取調べ状況について事情を聴取するとともに、「自分の記憶どおりに供述するように。」「誤った調書にはサインしないように。」などの助言を与えた。

3  甲は、当初の弁解録取の段階から、現金窃取の事実を認めるとともに(ただし、テレホンカードの窃取は否認)、強姦致傷の事実についても、ホテル「○○」内で被害者を殴ったり、煙草の火を近づけるなどして性交を求めたことがあるとして、核心部分の事実関係を認めたが、それに引き続き詳細な取調べを受けるに及び、「被害者は、ホテルへ行くことを納得していたのであり、ホテルへ向かう車内で、同女に暴行・脅迫を加えたことはなくホテル内でも入浴を強制していない。浴室内では同女もペッティングに応じており、ベッド上でも性交に応じていたが、陰茎が容易に入らず、同女に顔を殴られたので、かっとして殴ってしまった。」旨、公判段階における弁解とほぼ同旨の弁解をするようになり、髙野弁護人との接見の際にも、一貫して同旨の訴えをしていた。

4  しかし、取調べに当たったH刑事は、被害者の供述の真実性を確信していたため、右3記載の甲の弁解は到底信用し難いとしてこれに一顧も与えず、いずれ甲を自白に追い込むことができるとの自信から、「今のうちだからそういうふうに言っておけ。」などとして甲を突き放し、逮捕翌日の六月一六日こそ、それ以上の追及をしなかったものの、その後は、次第に厳しく追及するようになり、一八日以降のほぼ連日の取調べにおいて、「首絞めただろう。」「無理に入浴させたんだろう。」「『庄や』を出るときから強姦の目的だったんだろう。」「被害者はこう言っている。」「もう少し考えてみろ。」などと言って甲に供述の変更を求め、同人がなおも弁解を貫こうとするや、「嘘は書けない。」などと言って、供述調書の作成を拒否した。

5  また、K検事も、甲の供述は、被害者のそれと対比して、明らかに不合理であるとして、甲が虚偽の弁解をしているものと決めつけ、二二日の取調べの際に、同人がそれまで否認していたテレホンカードの窃取の点を、髙野弁護人の助言に従い自白したこともあって、強姦についての供述もこれ以上後退するおそれはないとの見込みのもとに、供述調書を作成しなかった。

6  甲は、髙野弁護人の助言もあって、強姦致傷の被疑事実につき、最後まで、前記3記載の供述を維持しようとしたが、いくら弁解しても取り合ってもらえず、弁解内容を供述調書にも記載してもらえないことなどに次第に無力感を募らせ、特に、勾留期間延長後の同月三〇日、Hによって行われた終日(午前九時七分から午後八時まで)の取調べの際、ホテル「○○」へ行く車中での言動等につき、「被害者も乙もこのように言っていて、お前だけがそういうふうに言っているんだ。」などと一段と厳しく追及されるに及び、遂に、自己と行動をともにしていた乙まで、被害者と同じ供述をするのでは、自分だけが違うことを言っていても到底通らないものと諦め、Hの言うとおりに供述してひとまず厳しい追及を免れようとの考えのもとに、「被害者に対し、『俺たちの車に乗った以上、もうホテルに行くしかないんだ。』と言ってホテルに行くことを承知させた。」とか、ホテルの部屋の鍵を乙に閉めさせた理由について、「被害者を輪姦しようとしていたので同女が嫌がって逃げたら困ると思って乙に閉めさせた。」とか、「被害者から処女であることを聞かされた後も、処女であるかどうかに関係なくセックスしようとした。」などと、取調官の期待する供述を次次にしていった。

7  七月三日のK検事の取調べの際、甲は再びホテルに入る前の強姦の犯意を否認する供述をしたが、同検事は、その弁解を全く信用せず、五時間半にもわたって、理詰めの追及をした上、「自分の言い分を通すということは検察庁と戦うことだ。」「お前の話は全然信用できない。お前らが嘘つくから神様が雨降らしている。」「法廷に被害者を立てるようなことになるのはまずい。」「お前を絶対に刑務所に入れてやる。」などと言って自白を求め、遂に、強姦の事前の犯意についての自白を得たが、同人が、なお基本的には従前の供述を維持したため、取調官の疑問を甲にぶつけ、その応答内容の不合理性を浮き出させるように工夫した問答体による供述調書を作成し、その中に、強姦の事前の犯意等を認める供述をはめ込む程度に止めた。

8  なお、甲は、K検事の取調べにより強い畏怖の念を抱き、七月四日の髙野弁護人との接見の際に、同弁護人に対し、嘘でもいいから被害者と話を合わせた方がいいのではないかと不安を訴えた。

三  被告人乙に対する取調べ状況と各供述調書の作成経過

1  前記二1記載の関係各証拠によると、乙に対する取調べの時間、内容と作成された供述調書の関係は、概ね、下のとおりであったと認められる。

2  乙は、逮捕直後の弁解録取の手続において、逮捕状記載の被疑事実を概括的に認めた。しかし、乙は、その後、事実関係につき詳細な取調べを受けるに及び、強姦致傷の事実につき、ホテル「○○」内で甲が被害者を殴打して性交しようとしたこと、自らも甲に続いて嫌がる同女と性交しようとしたことを認めただけで、その他の点については、「被害者は、ホテルへの同行を承諾していたのであり、車内で同女の首を絞めたり、ホテル内で同女に入浴を強制したことはない」旨、甲と同様、公判段階での弁解とほぼ同旨の供述をするに至った(なお、窃盗の点については、甲と同様、現金窃取のみを認め、テレホンカードの窃取は否認していた。)。

六月一五日

取調官

取調時間

取調内容

調書作成

N

六時間

五分

身上、事件の経過全般

あり

14丁

一六日

弁解録取

一九日

N

二時間

四五分

刑事手続の説明等

なし

二〇日

一時間

三六分

全般

二一日

五時間

三三分

「庄や」を出るまでと、

車内・ホテル内でのこと(自白)

あり

21丁

二二日

K

二時間

二七分

全般(自白)

丁数不明(取調請求なし)

N

三時間

一二分

「庄や」を出てソアラの

ところまで行く状況

4丁

二三日

五時間

二六分

全般

27丁

二五日

二時間

四五分

全般

12丁

二七日

一時間

一五分

不明

なし

二九日

三時間

一八分

不明

あり(二通)

三〇日

三時間

四五分

浦和市内引当り

あり

丁数不明

七月二日

K

七時間

五分

不明

33丁

四日

八時間

一三分

不明

4丁

五日

不明

不明

なし

(家裁送致、観護措置、逆送決定)

三一日

不明

不明

あり5丁

3  ところが、乙の取調べを担当した浦和署検察官N(以下、「N刑事」又は「N」という。)は、H刑事と同様、乙の右弁解は、やはり到底信用し難いと考えてこれに一顧も与えず、乙に、何とかして被害者の供述と符合する供述をさせるため、本格的な取調べの初日である六月一九日午後、約二時間四五分にわたり、少年である乙に対し、今後の乙の刑事手続の流れについて、「今後、取調べを受けたのち、家庭裁判所に送られ審判を受けるか、或いは、逆送になり正式裁判になる。」との説明をするとともに、「絶対に少年院に入れてやる。」「否認すると逆送で刑務所に行って、五、六年は入ることになる。そういうことだから嘘隠しなく話すことが一番だ。」「甲も認めているんだから、お前も認めろ。」などと執拗に迫り、乙の前記否認供述を改めさせようとしたが、当日は、事実関係に関する本格的な追及に至らないまま取調べを終了し、供述調書も作成しなかった。

4  二〇日午後の取調べにおいても、Nは、前日話した刑事手続の流れの説明を繰り返すとともに、嘘隠しなく話すようにと重ねて注意し、翌日に予定される本格的な取調べのための下調べをした。

5  二一日の取調べにおいて、Nは、乙に対し、ホテルに向かう車内で被害者が「ホテル」という言葉を聞いて嫌がっていた筈であるとして追及し、その当時、甲から未だ「車内で被害者が嫌がっていた。」との供述も得ていなかったにもかかわらず、「甲も認めているんだぞ。」などと偽って自白を迫り、結局同人から、「従前の供述は間違いで、本当は、車内で女の子は『ホテル』という言葉を聞いて嫌がっており、それに対して甲が叱りつけるようなことを言っていた。」旨及び「『庄や』で話しているときに強姦することになった。」旨の自白を得、これを詳細な供述調書にまとめた。

6  そして、乙は、その後のK検事やNの取調べに対し、再度否認すれば取調べが長引くのではないかなどの配慮から、基本的に、右6.21員面と同旨の供述をし、勾留期間延長後のK検事の再度にわたる長時間の取調べ(七月二日約七時間五分、同月四日約八時間一三分)においては、甲が浴室に入ることを入浴中の被害者が承諾したか否かについて、K検事の理詰めの尋問に屈し、右承諾があったとしていた6.22検面の供述を変更し、「あれは嘘でした。被害者の承諾はありませんでした。」旨供述した。

四  右二、三の各事実認定の補足説明

右二、三認定の事実関係は、概ね証拠上明らかなところであるが、ただ、取調状況についてだけは、被告人両名とH、N及びK検事の各供述が微妙に対立しているところ、当裁判所は、これらの各供述を仔細に比較対照し、かつ、証拠上明らかな取調べの経過と両名の供述の推移、供述調書の作成日、更には髙野弁護人作成・提出にかかる甲との接見メモ(右メモは、同弁護人が、甲との接見の都度同人から聴取した内容を、その日時を付記して具体的に記載し、甲に対する公訴提起の日である七月五日に公証役場において確定日付を得たものであることがその内容自体に照らして明らかであり、右のような記載の体裁・内容に照らして、高度の信用性があるものと認められる。)をも併せ考察した結果、各被告人の供述と取調官の供述とが抵触する部分については、基本的に各被告人の供述の方が信用性が高く、各取調官の証言は、右各被告人の供述を排斥するだけの証拠価値を有しないと考えるに至ったので、前記のとおり、ほぼ被告人両名の供述に副う事実関係を認定したものである。そこで、以下、右認定に関し若干の補足説明をしておくこととする。

1  乙に対するNの取調べ状況について

まず、時間的に甲より早く強姦の事前の犯意・共謀等を自白したとみられる乙に対するNの取調べ状況について検討する。前記のとおり、乙は、六月二一日に初めて強姦の事前の犯意を自白したものと認められるが、乙は、それに先立つ一九日の取調べにおいて、Nから、概ね前記三3認定のような言辞で自白を迫られた旨供述しているのであって、右供述は、甚だ詳細かつ具体的で迫真力に富み、これまでに家庭裁判所の審判(不処分)すら一回しか経験したことのない当時一八歳の少年(乙)が、自ら創作して供述し得る類のものであるとは、にわかに考え難く、また、もし右乙供述に現れたNの言辞が発せられたとすると、それまで、強姦の事前の犯意等を否認していた乙が以後自白に転じた理由を合理的に理解することができるから、この点に関する乙供述は、内容的にも極めて説得力に富む。これに対しNは、一九日の取調べにおいては、家庭裁判所の審判で逆送決定を受けると刑事裁判を受けることになる旨、今後の手続の流れを説明しただけで、その際及びその後の取調べにおいても、追及的な言辞は発しておらず、乙に対し、『少年院送り』とか、『刑務所送り』などの話をしたことは全くない。また、被害者の供述を乙に押しつけるような取調べはしておらず、むしろ、六月二一日の取調べにおいて、乙が逮捕状の犯罪事実に副うような供述をする素振りを示したので、「そんな必要はない。」「無理に合わせる必要はない。」旨注意したほどであるなどと供述している。しかし、右供述によると、当時Nは、被害者の供述の真実性を確信していたにもかかわらず、被疑者(乙)が、それまでの虚偽と思われる弁解を撤回して被害者の供述(すなわち、取調官たるNが真実と確信する供述)に副う自白をしようとした際に、あえてこれを思い止まらせようとしたことになるが、このような行動は、被害者の供述の真実性を確信する捜査官の行動としていかにも不自然で常識に合致しないから、右N証言は、まずこの点で著しく説得力を欠くといわなければならない。また、Nは、右のように、乙に対し、被害者の供述を押しつけたことはないとしながらも、逮捕状の犯罪事実は被害者が言ったことが基礎になっているということを告げた上で、「犯罪事実にはこう書いてあるんだけれども、どうなんだ。言っていることが違うじゃないか。」と言ったことがある旨、前記供述と実質的に矛盾・抵触する供述をもしている。更に、Nは、一九日の取調べにおいては、単に、今後の刑事手続の流れを説明しただけであるとしながらも、他方において、少年の被疑者(乙)については、否認している場合の方が、自白している場合より逆送決定を受ける可能性が高いと認識していたこととか、その際、「そういうことだから嘘隠しなく話せば話はみんな合うんだ。」などと乙に申し向けたことなどを認めているのであり、Nが認めるこれらの事情は、一九日の取調べにおいて、同人が乙に対し、「否認すると逆送で刑務所に入る」などという発言をした可能性に連なるものであるといわなければならない。以上の諸点のほか、Hの証言によれば、浦和署刑事一課は、本件の捜査にいて、被疑者が否認している限りは供述調書を作成しないという強い方針をとっていたことが認められ、右のような捜査方針は、えてして、取調官の被疑者に対する強い態度となって現れ易いと考えられること、N証言によれば、乙が自白に転じた動機は、単に同人が「反省」したというだけのことに帰着し、否認から自白に転ずる決定的な心理の動きを説明するものとして、必ずしも説得的ではないことなどの諸点をも併せ総合して考察すると、一九日以降の取調べ状況に関するN証言は、乙供述を排斥するに足りるだけの信用性を有するとは認め難いというべきである。

なお、検察官は、Nの取調べが自白追及的ではなかったことの証左として、Nが作成した供述調書中には、乙の弁解や被害者の供述と食い違う供述も録取されていることを挙げているが、供述調書中に、右のような記載があるという一事から、その取調べが自白追及的でなかったとは認め得ないことは余りにも当然である上、そもそも、供述調書に録取された供述の記載内容自体を任意性判断の前提となる事実認定の資料とすることは、証拠能力の存否未定の供述調書の記載内容を、当該供述調書の証拠能力の判断資料とすることを意味し、書証の証拠能力を厳格に法定した現行法の趣旨に合致しないし、特に、供述調書が、速記によってではなく、捜査官による要約録取の方法で作成されている現状に照らし、その弊害が大きいと考えられるから、このような方法により取調べ状況を認定することは許されるべきではない。

2  甲に対するHの取調べ状況について

次に、甲に対するHの取調べ状況について検討すると、この点に関する甲の供述は、乙の供述同様、極めて詳細、具体的かつ迫真的であって、これがことさら虚構の事実をねつ造して供述しているものであるとはにわかに考え難い上、前記のとおり、信用性が高いと考えられる髙野弁護人の接見メモの記載によってその核心部分が支えられている。Hは、当公判廷において、検察官の主尋問に対し、「被害者はこう言っているぞ。」とか「お前の話は全然信用できない。」などとは言っていない旨証言するが、右証言を額面どおりに理解して甲に対する取調べ状況を推認すると、結局のところ、Hは、被害者の供述と食い違う甲の供述は全く信用できないものと考えていたにもかかわらず、甲に対し、単に「思い出しなさい。」とか、「正直に述べなさい。」などという抽象的な質問を繰り返すだけの取調べに終始したということになる。しかし、右は、およそ犯罪捜査のプロである警察官(しかも、被害者や共犯者たる乙の供述など甲追及の材料を十分に持ち合わせ、取調べの対象たる被疑者〈甲〉の供述を虚偽と断じていた筈の警察官)による取調べの方法として余りにも不自然であって、にわかに措信し難いというべきである。他方、Hは、弁護人の反対尋問に対しては、被害者の言うことと違っているということは口に出したことがあると認めているほか、甲を取り調べた際、否認している限りは、上司の指示がなければ供述調書を作るつもりはなかったとし、甲に対し、「よく考えて思い出せ。」と述べた箇所は被害者や乙の供述と食い違う部分であって、当該箇所に関する甲の供述には納得しておらず、それと異なる供述を期待していた旨証言している。これらの証言は、Hが取調べにあたり、甲に対し、かなり強い態度で臨んでいたことを窺わせるものといえないことはなく、Hが、一方において自白追及的な取調べはしていないとしながらも、他方において、右のような言動に出たことを認めていることは、その取調べ方法が、弁解を全く受け入れようとしないものであったとする甲の供述を、側面から支持するものというべきであろう。このようにみてくると、取調べ状況に関するHの証言は、これと矛盾・抵触する甲の供述を排斥するに足りる信用性を有するものとは認め難いといわなければならない。なお、甲の員面の記載内容自体から、追及的な取調べがなかったことを推認し得るとの検察官の主張は、乙に対する取調べ状況に関し、前記1に述べたのと同一の理由により、これを採用しない。

3  両名に対するK検事の取調べ状況について

最後に、両名に対するK検事の取調べ状況について、検討する。

まず、K検事の取調べ状況に関する被告人両名の供述が、具体的かつ迫真的であり、特に甲供述中前記二7認定に副う部分は、信用性が高いと考えられる髙野弁護人の接見メモのほか、降雨の点につき、七月三日午後四時から五時までの間に、浦和地方では二ミリの降雨が観測された旨の熊谷気象台長作成の「回答依頼について」と題する書面によって支えられているので、右各供述の信用性は、かなり高いというべきであろう。

もっとも、他方、K検事は、当公判廷において、「本件は、被疑者の自白をとらなければ起訴できない事件ではないと思っていたので、自白にはこだわっておらず、甲を自白させようと懸命になったことはない。被疑者の供述を全て出させ、その信用性の検討材料を得るのが一番と考え、供述の矛盾点を浮き彫りにするような調べ方をした。」「乙の弁解にも十分耳を傾けており、弁解を受けつけないような態度はとっていない。」などと供述しており、右供述は、法曹の一員として、警察官とは明らかに一線を画して然るべき立場にあり、知性も教養も更には良識をも兼ね備えている筈の検察官が、公判廷において宣誓をした上で行った明確な証言であるから、その信用性をたやすく否定するのは問題であろう。そして、右供述のうち、同検事が被疑者の自白の採取にこだわっていなかったとする部分は、①本件においては、犯人と被疑者の同一性が争われているわけではなく、単に、強姦の事前の犯意や計画性、犯行の態様が争われているにすぎない上に、②右事前の犯意を推認させる犯行に至る経緯や犯行態様に関しては、同検事において信用性が高いと判断していた被害者の供述があり、右供述が信用し得る限り、その点の立証に、必ずしも被疑者の自白は必要がないと考えられることなどの点からみて、かなりの説得力があるように思われないではない。

しかしながら、本件は強姦の被害に遭ったという女性(被害者)が、複数の男性と車でいわゆるラブホテルへ同行し、しかも、被害に遭う前に、入浴までしていたという、強姦罪としてはやや特異な事情の存する事案であって、本件を強姦(又は同致傷)罪として起訴した場合に、ホテルへの同行の経緯及びホテル内での同女の行動に関する事実認定の如何によっては、強姦罪の成否、或いは、少なくともその犯情にかなりの影響の生ずることは見易い道理である。そして、ホテルへの同行の車中及びホテル内での行動について、被害者は、当初からかなり明確な供述をしていた模様であり、K検事自身は、右供述の信用性が高いと判断した由ではあるが、何といっても、その状況を知る者は、同女を含め、三人しかいないのであって、そのうち二名(被告人両名)が、ほぼ口を揃えて同女の供述と抵触する供述をしていた本件捜査の初期の段階において、同検事が、被告人らの自白なくして公訴提起をすることに何らの不安を抱かなかったとはにわかに考えられず、被告人らが虚偽の弁解をしていると信じていた同検事において、何とかして、弁解の不合理性を暴いて自白に追い込もうという心理になることは、決して不自然なことではない。このようにみてくると、「本件が、自白をとらなければ起訴できない事件ではないと思っていたから、自白にこだわっていなかった」という同検事の供述を額面どおりに受け取ることには、若干の問題があるといわなければならない。

そこで、同検事の供述の内容について更に検討を加えるのに、同検事の供述中最も注目されるのは、同検事自身が、甲に対し、「君を刑務所に入れるために全力を尽くす。」とか「徹底的にやる。」などと行ったことがある旨、前記二の認定事実に副う甲供述と趣旨において符合するかにみえる供述をしていることである。もっとも、同検事は、これを甲に言ったのは、七月三日の検面の署名指印をもらったあとのことで、この言葉によって甲を自白に追い込もうと意図したものではないと言うのであるが、いやしくも検察官たる地位にあるものが、取調べ中の被疑者に向かい、「刑務所に入れるために全力を尽くす。」などという言葉を発することは、異例のことと思われ、かかる言辞を発したということ自体が、同検事において、甲の供述態度に手を焼いてかなり感情的になっていたことを推測させるといわなければならない。そして、浦和地検のように刑事部と公判部とが明確に区別されている検察庁においては、刑事部所属のK検事が、起訴後甲の公判に立会する可能性は原則としてないわけであるから、被疑者である甲の検面を作成し終わった段階において、同検事が、同人を「刑務所に入れるため全力を尽く」そうとしても、今後できることはほとんどなく(現に、同検事が、その後にした捜査としては、簡単な乙の7.4検面を作成した以外にはさしたるものが見当たらない。)、そもそも、取調べを終了した被疑者に対し、そのようなことを言う必要性があったとは到底考えられない。このように考えてくると、K検事は、甲供述に現れた同検事の言葉が極めて具体的で生生しく、迫力がある上に、信用性が高いと考えられる髙野弁護人の接見メモにも支えられているところから、これに類する言葉を発したこと自体はこれを否定し難いと考えて、そのニュアンスを緩和し、かつ、これを発した時期をずらすことにより、自白の任意性に対する影響を否定しようとしている疑いがあるといわなければならない。

また、K検事は、公判廷において、六月二二日の取調べにおいても七月三日の取調べの際も、甲は、ホテルのベッド上で性交しようとするまでの段階については、強姦の犯意を否認していた旨明確に証言していたが、弁護人から、7.3甲検面にこれと抵触する記載がある旨指摘されて、あわてて証言を撤回している。しかし、右の証言撤回のいきさつは、現実には、七月三日の取調べの時点で、甲が強姦の事前の犯意を強く否定する供述をしており、その点が、K検事の印象にも強く残っていたことを示唆するものと思われる。そして、そうであるとすると、甲は、当日のK検事の取調べにおいて、既にHに対し一旦は強姦の事前の犯意を認める供述をしてしまっていたにもかかわらず、再びこれを否認する供述をしたが、検面作成の段階においては、結局これを認める供述をするに至っていたと考えられるのであって、甲が、検面作成の時点で一旦否認した強姦の事前の犯意等を認める供述をするについては、同検事によるかなり強烈な働きかけがあったと考える方が自然である。従って、K検事の右証言撤回のいきさつは、結局、当日、供述を変更するにあたり、同検事から前記のような強烈な働きかけを受けたとする甲供述の信用性を支え、これと接触するK証言の信用性を低下させるものといわなければならない。

以上詳細に指摘したとおり、甲の取調べ状況に関するK証言は、甲の供述と対比し、にわかに措信し難く、また、このことを前提として考察すると、K証言によっては、乙供述をも排斥するに足りないというべきである。

五  乙の各自白調書の証拠能力について

1 前記一、三において認定したところを要約すると、次のとおりである。すなわち、乙は、当時一八歳の少年であったが、六月一五日朝、逮捕状を携行した浦和署の警察官に自宅から同署への同行を求められ、警察車両で同署へ出頭したのち逮捕状の執行を受け、本件についての取調べを受けた。同人は、当初から、ホテル内で甲が被害者を殴打して性交しようとしたとの事実を認めたものの、強姦の事前の犯意等を否認し、その旨の6.15員面も作成されたが、同人に対しては、同月一六日、勾留場所を代用監獄である浦和署の留置場とする勾留状が発せられ、その後、右勾留期間は七月五日まで延長されて、その間同人は、N刑事による取調べを一〇回、K検事による取調べを三回、それぞれ受けた。右取調べ時間は、一日最短で二時間弱、同最長で八時間強、取調べのあった日の平均取調べ時間は約四時間半弱である。Nは、被害状況に関する被害者の供述の真実性を確信して、前記乙の弁解に一顧も与えず、本格的な取調べの初日である一九日に、今後の刑事手続の流れを説明するとともに、「絶対に少年院に入れてやる。」「否認すると逆送で刑務所に行って、五、六年は入ることになる。そういうことだから嘘隠しなく話すことが一番だ。」「甲も認めているんだからお前も認めろ。」などと執拗に自白を迫り、その後の取調べにおいても同様の態度で臨んだ結果、同人から強姦の事前の犯意や車内での甲の言動等につき、自己の想定に近い自白を得た。K検事も、乙の弁解を虚偽と信じて疑わず、七月二日、四日の両日、長時間にわたって同人を理詰めの尋問で追及し、被害者の入浴の経緯等につき、自己の想定に符合する自白を得た。以上のとおりである。

2 右事実関係を前提として検討すると、乙の捜査官に対する供述調書八通のうち、六月一九日のNの取調べ以降に作成された七通は、いずれもその任意性に疑いがあって、これを証拠として取り調べることができないというべきである。すなわち、これらの員面・検面計七通は、いずれも、代用監獄である警察の留置場に勾留された当時一八歳の少年である乙に対し、その弁解を全く受けつけないような態度で、しかも、取調べの方法として許容される筈のない前記のような違法・不当な言動で威迫を加えるなどして作成されたものであり、同人は、いくら弁解しても自己の言い分を理解してくれない取調官の態度に絶望し、次第に孤立感を深めた結果、Nの取調べに迎合して、その意に副う供述をしていったものと認められる。このような経過で作成された員面及びその影響が解消されていない状態で作成された検面については、その任意性に、疑いをはさまざるを得ない。

3  六月一九日以降のNの言動が違法・不当なものであることについては、まず異論をはさむ余地がないと思われるが、なお若干の説明を加えると、取調官が被疑者に対し、「絶対に少年院に入れてやる。」などと言うことは、被疑者に対し著しい畏怖の念を抱かせる脅迫的な言動である。もっとも、当該取調官が被疑者を少年院へ入れる具体的な権限を有しないことを被疑者が理解していた場合には、被疑者がこれにより畏怖することはない筈であるとの反論もあり得ないではないが、捜査の遂行上絶大な権限を有すると信じられている取調官に、そのような意気込みで捜査されれば、自己がどのような不利益を受ける結果になるかわからないとの畏怖を感ずることは、被疑者の通常の心理であると思われるから、右言辞は、いずれにしても、被疑者の供述の任意性に影響を与え得る不当な言動であるといわなければならない。次に、「否認すると刑務所に行って五、六年は入ることになる。」との言葉は、形式的には、被疑者が否認した場合の処遇についての客観的な見通しを述べたという体裁をとっているが、これが、捜査のプロである警察官から被疑者(特に、若年・未成年の被疑者)に対して発せられた場合には、被疑者の心理に重くのしかかり、これを絶望に追い込む可能性のあるものとして、やはり脅迫的な意味合いを持ち、これが、自白すれば少年院送致で済むという意味をも言外に含むと解されるところから、自白の任意性に影響するところは小さくないと考えられる。更に、Nの言辞中、「甲も認めているんだから、お前も早く認めろ。」という部分について考えると、当時、Nは、甲が強姦の事前の犯意を否認していたことを知りながら、あえてこのような虚偽の事実を申し向けたものと認められるのであり、右は、乙に対し、自分一人で言い張っても無駄ではないかという無力感を抱かせ、同人を自白に転じさせる契機となり得るものであるから、これによって得られた自白は、いわゆる偽計による自白としての性格を免れないというべきである。

4 右の点に加え、乙の自白調書の任意性判断において注目せざるを得ないのは、Nらが、代用監獄である警察署の留置場に勾留された当時一八歳の少年(乙)に対し、厳しい取調べを行ったという点である。代用監獄は、被疑者を全人格的に支配することを可能とするものであり、成人の被疑者を勾留する場合でもその運用には慎重な配慮が望ましいとされている。そもそも、法(少年法)は、人格の未熟な未成年者の身柄を拘束する場合には、身柄拘束の少年の心身に与える影響が大きいことにかんがみ、勾留に代わる観護措置(少年法四三条一項)により少年鑑別所へ拘束するのを本則とし、未決監へ勾留する場合には、本来の勾留事由があることのほかに、観護措置によることができない「やむを得ない場合」(同法四三条三項、四八条一項)であることをその加重要件として規定している上、かりに勾留が「やむを得ない場合」であっても、勾留場所を少年鑑別所とすることができると規定するなど(同法四八条二項)、少年が監獄に勾留される事態をできる限り回避しようとしているのであって、このような少年法の趣旨は、現実の捜査の実務においても十分に尊重されなければならない。もちろん、法は捜査官に対し不能を強いるものではないから、右「やむを得ない場合」に該当するか否かは、被疑事件の性質や勾留によらない場合の捜査の遂行上の支障の有無・程度のほか、少年鑑別所の収容能力や少年の資質などをも総合考察して慎重に決すべきであるが、本件当時、浦和少年鑑別所の収容能力に問題があったとの事情を窺わせる資料は存在しない上、同少年鑑別所と浦和署とは距離的にも近く(浦和署と浦和少年鑑別所が、徒歩約一〇分の距離関係にあることは、当裁判所に顕著である。)、また、本件事案の性質上、面通しをしたり、多数の証拠物を被疑者に示す必要性が強いとか、多数回にわたり現場引当捜査を行う必要性があったものとも認められないので、本件が、被疑者の身柄を少年鑑別所に収容することによってて、捜査に重大な支障が生じるおそれのある事案であるとも考えられない。のみならず、乙は、警察限りで処理された喫煙・窃盗の非行のほかには、毒物及び劇物取締法違反による非行歴一回(不処分)を有するだけで、資質的にも問題はなく、年齢も未だ一八歳にすぎなかったのであるから、同人を少年鑑別所に収容することにより、収容されている他の少年に悪影響を及ぼすおそれがあったものとは思われない。このようにみてくると、乙に対し勾留状を発することが右「やむを得ない場合」にあたるといえるか否かには重大な疑問があり、少なくとも、強姦の事前の犯意等を強く否認していた同人については、自白強要の温床と指摘されている代用監獄を勾留場所とすることなく、少年鑑別所に勾留するという程度の配慮はされて然るべきであったと思われる。ただ、このように、少年を代用監獄に勾留することとした勾留の裁判が違法と考えられる場合であっても、そのことから直ちに、勾留期間中の自白の任意性に疑いが生ずるということにはならず、その間の取調べが、少年である被疑者の心身に十分な配慮をした懇切・丁重なものであった場合には、なおその任意性を肯定することが可能であるが(従って、Nが、とりあえず被疑者に言いたいことを言わせるという態度で取調べを行って作成した6.15員面については、その任意性に疑いを生じない。)、少年である被疑者を代用監獄内で取り調べる場合には、捜査官の些細な言動でも被疑者の心理に重大な影響を及ぼすおそれがあることにかんがみ、任意性の判断は、被疑者が成人である場合と比較して、いっそう厳格にされなければならない。そうだとすると、本件における取調官(N)の取調べ方法は、さきに詳細に指摘したとおりであって、被疑者が成人であった場合でも供述の任意性に影響を及ぼすものであったと認められるのであるから、少年である乙の自白調書については、その任意性にいっそう強い疑いをはさまざるを得ない。

5 次に、乙の検面の任意性について考えると、K検事は、Nの右違法・不当な取調べを看過したばかりでなく、自らも乙の弁解が虚偽であるとの確信のもとに、6.21員面以降の各供述調書を資料として、厳しい理詰めの尋問により同人に自白を迫ったものであって、警察官の取調べによる被疑者(乙)に対する悪影響を解消・払拭するための特段の措置を講じたとは認められないのであるから、同検事が作成した検面二通についても、その任意性を疑わざるを得ない(なお、乙に対する逆送決定後の7.31検面は、K検事の作成によるものではないが、取調官であるT検事が右の意味における特段の措置を講じた様子は何ら窺えないのであるから、同様に、その任意性に疑いがあるといわざるを得ない。)。

六  甲の各自白調書の証拠能力について

1 前記一、二において認定したところを要約すると、次のとおりである。すなわち、当時二一歳の甲は、六月一五日朝、逮捕状を携行した浦和署の警察官に、乙方前路上から同署への同行を求められ、警察車両で同署へ出頭したのち逮捕状の執行を受け、本件についての取調べを受けた。同人は、当初から、ホテル内で被害者を殴打したり煙草の火を近づけて性交を求めたことがあるとの限度では事実を認めたものの、強姦の事前の犯意等を否認したため、代用監獄である浦和署の留置場に勾留され、その後、延長後の勾留期間が満了する七月五日までの間、日曜日を除くほぼ連日、警察官及び検察官による厳しい取調べを受けた。その間の取調べ回数は、H刑事によるもの一一回、K検事によるもの二回であり、取調べ時間は、一日最短で二時間強、同最長で九時間強、取調べのあった日の平均取調べ時間は、約四時間半強である。Hも、N同様、被害状況に関する被害者の供述の真実性を確信していたため、前記甲の弁解に一顧も与えず、「被害者はこう言っている。」「もう少し考えてみろ。」などと言って同人に供述の変更を求め、甲がなおも弁解を貫こうとするや、供述調書の作成を拒否した。甲は、逮捕後二度目の取調べ(六月一八日午前)の途中に髙野弁護人と接見した際に、同弁護人から助言を受けていたこともあって、当初は、取調べの圧力に屈することなく、基本的に自己の主張を貫いてきたが、次第に無力感を募らせ、勾留期間延長後である同月三〇日の九時間を超える長時間の取調べにおいて、Hから、ホテル「○○」へ行く車内での言動等につき、「被害者も乙もこのように言っている。」として一段と厳しく追及されるに及んで遂にあきらめ、右の点につき取調官が期待する供述を次次とするに至った。また、甲は、その後のK検事の取調べの際、一旦は、事前の犯意等を否認する供述をしたが、右供述を虚偽と確信する同検事から全く相手にしてもらえず、長時間に及ぶ理詰めの尋問の末、「自分の言い分を通すということは検察庁と戦うことだ。」「お前の話は全然信用できない。」「お前を絶対に刑務所に入れてやる。」などと言われたため、遂に、強姦の事前の犯意等を認める趣旨の記載を含む供述調書に署名・指印してしまった。以上のとおりである。

2 右事実関係を前提として検討すると、甲の捜査官に対する供述調書七通のうち、六月二九日までに作成された四通の各不同意部分については、辛うじて任意性を肯定し得るが、六月三〇日以降に作成された三通(員面二通、検面一通)のうち、各弁護人が取り調べることに同意した7.2員面(乙六号)を除く二通に対する各不同意部分については、任意性に疑いがあって、これを証拠として取り調べることができないというべきである。すなわち、これらの員面・検面計二通は、当時二一歳の若年の被疑者である甲を、代用監獄である警察署の留置場に勾留した上、その弁解を全く受け付けないような態度でほぼ連日取調べを行った末、取調べの方法として許容されない前記のような言動により、同人を威迫するなどして作成したものであり、同人は、いくら弁解しても自己の言い分を理解してくれない取調官の態度に絶望し、次第に孤立感を深めながらも、弁護人の助言もあって必死に自己の主張を貫いてきたが、六月三〇日以降は、かなりの部分についてHやK検事の取調べに迎合して、その意に副う供述をもするに至ったものと認められる。このような経過で作成された員面及び検面の各不同意部分については、その任意性に疑いをはさまざるを得ない。

3  もっとも、当裁判所が認定した甲に対するHの取調べ方法は、乙に対するNのそれと比較すると、その言動が露骨ではないということができ、右の点に加え、甲が乙と異なり、当時二一歳とはいえ、既に成人であったこと、少年時代に、強姦罪により中等少年院送致処分を受けたことがあるほか、窃盗、恐喝罪により検挙された前歴三回を有し、かなりの回数にわたり取調べを受けた経験があること、本件による取調べ時間も、通常の成人被疑者の否認事件のそれと比べ、格段に長いとはいえないこと、乙は、弁護人との接見の際に、「自分の記憶どおりに供述するように。」との適切な助言を受けており、現に、取調べの全期間を通じ、自己の言い分を全面的には撤回しなかったことなどをも併せると、六月二九日以前の員面のみならず、6.30員面についても、その任意性を肯定すべきであるとの議論もあり得るかとも思われる。

4  確かに、甲は、当時既に成年に達しており、少年時代に保護処分等を受けた経験をも有するのであるから、少年でさしたる前歴を有しない乙と比較すれば、代用監獄へ勾留されたことによる心身への影響は小さいと考えてよく、従ってまた、同人を代用監獄へ勾留したことが、直ちに違法となるともいい難い(現に、甲の勾留場所を代用監獄とした勾留の裁判に対しては、髙野弁護人が準抗告を申し立てたが、棄却されている。)。しかし、甲は、当時成年に達していたとはいえ、未だ二一歳の若年であったのであり、このような若年の被疑者を代用監獄に勾留して連日厳しい取調べを行うときは、これを拘置所に勾留して取り調べる場合よりも被疑者が取調べの影響を受け易いことは、見易い道理である。従って、取調官の同一の言動であっても、若年の被疑者が代用監獄に勾留されている場合と拘置所に勾留されている場合とでは、その供述の任意性に及ぼす影響の程度に違いの生じることがあることは、これを承認しなければならない。また、取調官の言動は、ただそれだけを取り出して個別的に観察する限り、直ちに明白な脅迫、恫喝、威迫、利益誘導等にあたらないとか、その違法の程度がそれほど高くないとみられる場合であっても、これらの言動が、取調べの全期間を通じ次第に累積されることにより、被疑者の供述の自由を大きく左右することがあると考えるべきであって、供述の任意性の審査にあたり、現に発せられた個個の言辞の表面上の意味に拘泥しすぎるのは相当でない。そして、六月二九日以前にHが甲に対してした取調べの方法は(これを個別的に検討する限り、直ちに違法とすることはできないものの)、代用監獄に勾留中の当時二一歳の若年被疑者に対するそれとしては、やはり、少なからず供述の自由を圧迫する不相当なものであったと認めざるを得ず、これらの取調べの影響は、次第に累積されて被疑者(甲)の心理に重くのしかかり、勾留期間延長後、六月三〇日の長時間の取調べの際のHの言動と結びつくことにより、遂に供述の任意性を疑わせる程度に達したものと認めるべきである。

5  右の点に関しては、六月三〇日の取調べにおけるHの取調べ中には、偽計とみられる言辞が発せられたことにも注目する必要がある。すなわち、同日、Hが発した言辞のうち、「被害者も近藤もこう言っている。」との部分は、ホテル「○○」へ行く途中の車内において、甲が被害者を脅迫したことなどに関し、乙も既に被害者の供述に副う自白をしたことを指摘して、甲の自白を求める趣旨のものと解されるが、右時点において、乙は既に右の点につき被害者の供述に副う自白をしていたと認められるので、Hの指摘は、必ずしも虚構のものではない。しかし、乙の自白は、前記のとおり、Nの「甲も認めている」という、事実と異なる指摘によって引き出されたいわゆる偽計による自白であるから、このような偽計によって得られた共犯者の自白をもとに被疑者に自白を迫ることは許されず、かかる方法によって得られた自白もまた、偽計による自白といわなければならない。そして、偽計による自白は、偽計によって被疑者が心理的強制を受け、その結果虚偽自白が誘発されるおそれがある場合には、任意性に疑いあるものとして、その証拠能力は否定されるべきである(最大判昭和四五・一一・二五刑集二四巻一二号一六七〇頁)。もっとも、本件における偽計の程度は、右判例の事案におけるそれほど高度のものではないと認められるが、さきに指摘した身柄拘束開始後一貫してとられた、弁解に一顧も与えず、否認する限りは供述調書も作成しないというHの取調べ態度や、若年の被疑者が代用監獄に勾留されたまま長時間にわたる厳しい取調べを受けることにより蒙った心身の苦痛などとも結びつくとき、右は優に、虚偽自白誘発のおそれのあるものというべきである。

6  なお、K検事が甲に対して発した前記言辞のうち、「お前を絶対刑務所に入れてやる。」との部分が、脅迫にあたると解すべきことは、乙に対するNの言動の場合と同様であり(前記五3参照)、「自分の言い分を通すということは検察庁と戦うことだ。」との部分は、その表面上の意味は明らかな脅迫とはいえないけれども、「お前を絶対刑務所に入れてやる。」との言葉と結びつくことにより、脅迫をいっそう強め、被疑者を絶望に追い込む効果をもたらすもので、同検事の右言辞は、全体として甲の供述の自由を侵害するおそれの強いものというべきである。従って、このような言辞によって引き出された甲の自白は、それ以前のHの言動と切り離して考えてみたとしても、任意性に疑いのあるものといわなければならない(それ以前のHの言動と結びつけて考えれば、任意性に対する疑いは、いっそう強まると考えられ、最小限度、Hの言動によって生じた甲の心理に対する悪影響が解消されていなかったことは極めて明らかなところである。)。

七  弁護人のその余の主張について

1  弁護人らは、被告人らの各自白調書は、(1)そもそも、その身柄拘束自体が違法であるから、全て証拠能力がなく、また、(2)六月二五日に「被疑者共犯者取調べ未了」との理由でされた勾留期間延長決定(以下、「延長決定」ともいう。)も違法であるから、少なくとも右延長決定後に作成された供述調書は、やはり証拠能力がないなどの主張もしている。

2  しかし、右(1)の主張については、被告人両名に対する身柄拘束の経緯は、前記認定のとおりであって、右のように逮捕状を示すことなくして実質上の逮捕行為に近い方法で被疑者の身柄を警察署へ連行することは、少なくとも甚だ適切を欠く捜査方法というべきであるが、警察官らが両名に対する逮捕状を現に携行しており、現実にも、約三〇分後には浦和署において逮捕手続が履践されている本件においては、右連行の手続がかりに違法であるとしても、右は、その故に、その後の身柄拘束期間中に作成された供述調書の証拠能力が否定されるほど重大な違法であるとは考えられない。

3  また、(2)の主張について考えると、本件のような密室内の犯罪において、身柄拘束の当初から、被害者と被疑者両名の各供述が大きく対立し、当初の勾留期間が満了する時点でもなお右対立が容易に解消されていない場合には、たとえ捜査官が、被害者の供述の真実性を確信し、被疑者らの供述を虚偽と判断しているときであっても、捜査官としては、公訴提起の終局処分を行う前に、万一の誤りなきを期するため、被害者及び被疑者両名から詳細に事情を聴取してこれを比較対照するとともに、関係者(本件においては、B)からの事情聴取とその検面の作成、更には、被害者の供述の裏付けとなり得る客観的証拠の収集等の補充捜査を行って、前記三名の各供述の信用性を慎重に吟味したいと考えるのはむしろ当然であると思われ、もしそのような趣旨で勾留期間延長の請求がされたとすれば、これを不当とすべき理由はない。ところで、10.21海老原意見書添付のK検事の乙に対する勾留期間延長請求書の記載は、まさに右の述べた趣旨に理解し得るのであって、右請求を受けた裁判官がこれを認容して勾留期間を一〇日間延長した決定が違法であるということはできない。もっとも、右延長決定の理由としては、更に、「被疑者共犯者取調べ未了」としか記載されていないので、確かに簡に失して措辞適切を欠くが、一般に、延長決定については、その時間的制約等のために、極めて簡略化された定型的理由の記載しかされていないこと及び本件延長決定の理由中には、延長請求書の理由と積極的に抵触する記載は存在しないことなどに照らすと、本件延長決定に付された前記文言による理由は、延長請求書に記載された理由と異なる趣旨のものと理解すべきではない。

なお、海老原弁護人は、乙に対する延長請求書中の「被疑者の供述が犯行に至る経緯については被害者の供述と大きく異なり、あたかも被害者自身被疑者等とホテルに行くことなどについて予め承諾していたかのごとき供述をしている」との記載が事実に反する旨主張しているところ、確かに、乙に関する限り、延長請求書の右記載は、いささか不正確であると窺われるが、乙が、捜査の初期の段階では、延長請求書記載の趣旨に副う供述をしていたことは事実であり、右延長請求の時点においても、同女の供述と完全に符合する供述をしていたわけではないと窺われること、また、少なくとも共犯者の甲は、延長請求の段階でも、右延長請求書の記載に副う供述をしていたと窺われることなどの本件事実関係のもとにおいては、右延長請求書の記載が、裁判官による延長の可否の判断に影響するとは考えられないから、右の点も、延長決定を違法とする理由にはならない。

4  弁護人は、右のほかにも、更にいくつかの主張をしているが、当裁判所は、そのいずれに対しても、賛同することができない。

第三  以上のとおりであって、検察官が証拠調べを請求した前文記載の被告人甲の捜査官に対する供述調書計六通のうち、平成二年六月二九日以前の作成日付のもの四通に関する別紙弁護人不同意部分及び被告人乙の司法警察員に対する平成二年六月一五日付け供述調書は、いずれもその任意性に疑いはないと認められるので、刑訴法三二二条所定の書面として、当該被告人との関係で、それぞれ証拠として取り調べるが、被告人甲のその余の各供述調書中別紙弁護人不同意部分及び被告人乙のその余の各供述調書は、いずれもその任意性に疑いがあり、従ってまた、乙の検面については特信性も認めることができないので、これらの証拠に関する刑訴法三二二条及び同法三二一条一項二号後段に基づく証拠調べ請求を、全て却下することとする。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官木谷明 裁判官大島哲雄 裁判官藤田広美)

検察官請求証拠中、被告人小倉実の司法警察員及び検察官に対する各供述調書についての弁護人髙野隆及び同海老原夕美の各不同意部分

1 司法警察員に対する平成二年六月一五日付け供述調書

六丁裏一三行六字目ないし七丁裏八行

一二丁裏二行八字目ないし同一一行

2 司法警察員に対する同月一八日付け供述調書

九丁裏五行ないし同八行

3 司法警察員に対する同月二二日付け供述調書

二丁裏一一行一八字目ないし同一三行

4 司法警察員に対する同月二九日付け供述調書

一丁裏一〇行ないし二丁表一〇行

五丁裏一行ないし六丁表三行

八丁表一三行ないし同丁裏三行

5 司法警察員に対する同月三〇日付け供述調書

五丁裏五行ないし六丁表一三行

一二丁表九行ないし同丁裏九行

一九丁裏四行ないし二〇丁裏五行

二二丁表一行ないし同一〇行

二六丁表一行ないし同二行

6 検察官に対する供述調書

一丁表一二行ないし三丁表七行

一丁表一二行ないし三丁表七行

七丁表一行ないし八丁裏九行

一二丁裏六行ないし同一一行

二一丁裏一行ないし同四行

二一丁裏一一行ないし二二丁表二行

二四丁表八行ないし二五丁表五行

二六丁裏八行ないし二七丁表三行

二七丁裏五行ないし九行

二八丁裏一〇行ないし二九丁表二行

二九丁裏五行ないし同一一行

三〇丁裏四行ないし同五行

三一丁表八行ないし同丁裏一行

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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